ちいさいクマさん(・(ェ)・)カントリーな生活

レッツカントリーライフ!

Contents
カントリー雑貨のある暮らし ファイヤーキング
キャンベルスープ缶 ラガディ・アン&アンディ
ホーロー 生活の中に刺繍を取り入れる
緑のある暮らしガーデニング オーバーオールを着てカントリー気分
ローズオニールキューピー ちいさいクマさんシリーズとくま

素敵なくまさんグッズ

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生活の中に刺繍を取り入れる

カントリーなライフスタイル、そして人気のナチュラルライフな空間作りをしたい。できればちょっとした自分のこだわりエッセンスも随所に盛り込みたいならオススメはずばり「ソーイング」を取り入れていきましょう。アメリカンドールにしても、元々はアメリカ西部の母親たちの手作り人形が発祥なので、ハンドメイドです。有名キャラクターの「ラガディアン&アンディ」にしても、原案となった人形もおばあちゃんがつくった手作り人形です。

ハワイアンのお部屋も人気がありますが、ハワイアンには欠かせないのが「ハワイアンキルト」です。こちらもソーイングで針と糸が登場しますが、パッチワークやクロスステッチ、そして手編み風のレースといったカントリースタイルにナチュラルライフに欠かせないのが刺繍になっています。

刺繍も種類豊富

刺繍というと丸いワッカのようなものを布にあてて、図案をチクチクと色々な糸で縫って行くこれぞ家庭科の授業のような刺繍もあれば、中国のドラゴンなどの豪華で派手は装飾を施す刺繍もあります。そしてフランス刺繍のような、パステル調のお花が図案の刺繍もあったりします。

なかでも「プチポワン」という刺繍は、マリアテレジアの時代に誕生した刺繍で、手作りの宝石と言われるように、800色以上の絹糸で色分けから陰影までをチクチクと1平方cmに、なんと縫い目のステッチは121~225というかなりの数の縫い目を施す気の遠くなる作業を繰り返します。ここまでくると、まさに職人芸といわれるのも納得で日本の皇族の方々も好まれていることも言われていますが、マリー・アントワネットも好んで作業していたという刺繍のプチポワンをチャレンジしてみたら、気分はハプスブルク家を味わえるかもしれません。

キルト

色々な布を縫い合わせたパッチワークキルトが、手作り感があって家の中のところどころにパッチワークキルトを配置することで、手作り感のあるカントリースタイルを演出することができますが、キルトが発祥したのはヨーロッパの寒い場所が発祥の地で、寒冷地に住む人たちが暖をとるための保温のために、布地の間に綿をはさんだのがキルトが作られるようなったといわれています。

そしてキルトで作ると保温着になるということで、それからヨーロッパの各地にキルト製法が伝わってやがて上流階級の女性の趣味のひとつになって、手の芸つまり「手芸」となっていろいろな技法が編み出されていきました。そしてピューリタンのアメリカ移民と一緒にキルトがアメリカへ上陸して、アメリカンキルトとして発展したといわれています。

ハワイアンキルト

キャシー中島といえば、ハワイアンキルトというぐらいにハワイアンキルトを日本で知名度アップしたのはキャシー中島の功績だと思いますが、ハワイアンキルトもかなり人気があります。ハワイが大好きでハワイアンキルトにはまった人もいれば、ハワイアンキルトが好きでハワイが好きになった人など、ハワイ好きに欠かせないアイテムのひとつになっているハワイアンキルト。

ハワイアンキルトの特徴は、ハワイらしくモチーフになっているのはパイナップルだったりお花だったりとしたハワイを連想するものがモシーフになっちえます。そしてアメリカンキルトと大きく違う点として、ハギレを使うことはしません。大判の一枚の布を8つに折りたたんでカットして、左右対称のモチーフになることが特徴です。もともとは1820年代に、イギリス人の宣教師からパッチワークキルトが伝えられてハワイで独自にハワイアンキルトとして発展していきました。

アメリカンキルト

カントリーの部屋作りには、やっぱりアメリカンキルトも是非取り入れたいものです。アメリカンキルトは、あまった布地を有効活用するために、端の布や余った布をつないで作ったのがアメリカンキルトのスタートだといわれています。あくまでも実用性重視で始まったので、モチーフといったものはなしでもったいないスピリッツで始まりました。

産業革命で、生活にゆとりが生まれてくるとキルトにもあまった布地を活用するだけではなくて、装飾が求められるようになってそこでアメリカンキルトで、いろいろなモチーフが考案されていきました。なんでも南北戦争の時には、暗号文をアメリカンキルトのモチーフを使って作成したという伝説も残っています。

それからやがてアメリカンキルトは「キルティング・ビー」といわれる、共同作業で1枚の大作をみんなで製作するようになります。女性だけではなく、男性も参加して布を切断したりして家族総出で1枚の大作を作り、大きなベッドカバーをアメリカンキルトで製作するようにとなりました。家族みんなが協力して大作の大きなアメリカンキルトを作り上げてほかに、女性達の社交の場として1枚の大作を女性が集まって製作して作ったアメリカンキルトを教会に寄付したりというようなことも行われるようになりました。

女性が家庭から社会進出をし始めた1900年代から、アメリカンキルトは衰退しますがキルト研究家が1970年にコレクションを公開したことで、キルトはアートのひとつとして再評価を受けることになって、また人気を取戻しつつあります。

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